
「院長、また医師から退職したいと言ってきています」
人材紹介会社に約400万円もの紹介料を払って採用した整形外科医が、わずか6ヶ月で退職を申し出てきた。
「次は良い先生が来るはず」と信じて、また別の人材紹介会社に依頼する。そしてまた同じことが繰り返される。
もしみなさまの病院がこのような状況なら、それは採用手法の問題ではなく、医師採用に対する根本的な認識が間違っている可能性があります。
18年間で2000人以上の医師と面談してきた私が、多くの病院が陥る「医師採用の3つの誤った認識」を解説します。
誤った認識① 大学医局・人材紹介会社への「依存」
多くの病院が、医師の採用を大学医局や人材紹介会社に完全依存しています。
これらを利用すること自体は悪くありません。
問題は、病院側に採用の主導権がない状態になっていることです。
大学医局や人材紹介会社のホンネ
- 大学医局 → 医局の体制維持と医局員の生活費確保を優先
- 人材紹介会社 → 成約件数と紹介料の最大化を優先
みなさまの病院の中長期的な経営戦略は、残念ながら二の次なのです。
大学医局派遣の5つの問題:
- 派遣される医師を選べない(教授の判断がすべて)
- 勤務期間も選べない(6ヶ月〜1,2年で交代)
- 不要な非常勤医師との抱き合わせ
- 寄付金・研究費という名の、実質的な “金銭要求”
- 断りにくい
大学医局にとって「都合の良い病院」とは、誰を送っても歓迎し、経験の少ない医師や専門外の医師、そして非常勤医師でも快く受け入れてくれる病院となります。
人材紹介会社の5つの問題:
- 高額なコスト(想定年収の20〜30%)
- 直接採用に比べ、早期離職率が高い(19%の医師が入職6ヶ月で離職1)
- 契約内容の度重なる改悪・手数料率の値上げ
- なくならない違法行為(短期間での転職勧奨、キックバック等)
- ノウハウが残らず、依存から脱却が難しい
- 2019年12月/厚生労働省職業安定局需給調整事業課/
医療・介護分野における職業紹介事業に関するアンケート調査 より ↩︎
人材紹介会社にとって「都合の良い病院」とは、誰を紹介しても疑いもせず採用検討してくれ、条件面や選考方法、更には契約条件まで丸投げしてくれる病院となります。
誤った認識② 採用は「確率論」
「10人応募があれば、1人は良い先生がいるだろう」
「とにかくたくさんの求人広告、人材紹介サービスに登録しよう」
これが 「採用は確率論」という誤った認識 です。
確かに母数を増やせば良い候補者に出会う確率は上がります。
しかし、母数を増やすことで結果として選考の質が落ちてしまうのです。
選考の質が低ければ、ミスマッチは繰り返されます。
「来てくれるだけでありがたい」の落とし穴
「面接に来てくれた」というだけで、ろくに選考もせずに採用を決定してしまうケースが非常に良くみられます。
酷い場合は「医師免許・専門医さえ持っていれば、誰でもいい」と本気で言っている経営者もいたりします。
そんな採用をしていれば、うまくいかないのも仕方ないのです。
本当の問題は「質」
採用がうまくいかない病院の多くは「応募者数が少ない」という量の問題だと考えています。
しかし本当の問題は 「正しい選考ができていない」という質の問題 なのです。
応募者を増やす前に、まず以下を整えるべきです:
- 自院に本当に必要な医師像が明確か
- その医師を正しく評価できる選考基準があるか
- ミスマッチを防ぐ面接ができているか
誤った認識③ 「面接」ではなく「面談」で終わっている
みなさまの病院では、そもそも医師の選考を行っていますでしょうか。
実は、多くの病院で行われているのは「面接」ではなく、単なる「面談」なのです。
面接の本当の目的は2つ
正しい面接には、明確な2つの目的があります:
1. 見抜くこと(選考・見極め)
- この医師は採用するために必要な要件を満たしているか
- 採用すべきか、次の段階に進めるか
2. 口説くこと(動機形成・魅力付け)
- この病院で働きたいと思ってもらう
- この病院なら活躍できそうだと期待してもらう
失敗しない面接とは、この2つの目的を同時に達成することです。
よくある面接の失敗パターン
【失敗パターン1】顔合わせだけで終わる
- 病院概要と履歴書の読み合わせだけ
- 院長が過去の武勇伝などを一方的に話してしまう
- 「何か質問ありますか?」しか聞かない
【失敗パターン2】「ぜひ来てください」「なんでも買います」ばかり
- 口説くことに集中して、見極めを怠る
- 院内コンセンサスを得ずに役職付与や高額設備購入を約束してしまう
- 就職後にミスマッチが最も起こりやすい
【失敗パターン3】選考基準が曖昧
- 「なんとなく良さそう」で判断
- 医局や人材紹介会社からの説明だけで納得してしまう
- 採用の成功・失敗を検証できない
「求職者に迎合するだけの採用」が招く悪循環
これら3つの誤った認識に共通するのは、病院側に採用の主導権がないということです。
求職者や外部業者に迎合するだけの採用を続けると、こんな悪循環に陥ります:
1.外部要因に振り回される
「医局が派遣してくれない」
「人材紹介会社が年収◯◯万円じゃないと採用できない、と言っている」
2.「就職してやってる」医師への対応に追われる
選考をしないため、わがままな要求に振り回される
3.医局や人材紹介会社の「言いなり」になる
高額な紹介料を払い続け、質の低い医師を押し付けられても断れない
4.また医師が辞める
ミスマッチで早期退職、また外部に依頼、同じことの繰り返し
この悪循環から抜け出さない限り、医師採用の問題は解決しません。
解決策:「採用自立」への転換
「お願いする採用」から、「選ばれる病院になり、選ぶ採用をする」へ。
これが私が提唱する 「採用の自立」 です。
採用の自立とは、大学医局や人材紹介会社を使わないということではありません。
病院側が採用の主導権を持ち、戦略的に医師を採用できる体制を構築することです。
採用自立に成功したA病院の例
| Before(依存型採用) | After(採用自立後) |
|---|---|
| ・大学医局からの派遣が中心 ・1年ごとに医師が入れ替わる ・紹介会社に年間2,000万円以上支払う | ・個人応募での採用が中心 ・紹介会社への依存度が80%→20%に低下 ・採用コスト年間1,500万円削減 ・医師の平均勤続年数が5年に延長 |
何をしたのか?
- 院長自らが指揮を取り採用チームを結成
- 採用サイトのリニューアル(「理念共感・働く価値」を訴求)
- 面接マニュアルの整備と面接官トレーニング
結果として、医医師の定着率が大幅に向上し、診療の継続性が確保されました。
今日から始める3つのステップ
採用自立への道は一朝一夕には実現しません。
しかし、以下の3ステップから始めれば確実に前進できます。
1.目標と実態を把握する
まずは自院の医師採用における目標と実態を客観的に評価しましょう。
- そもそも、なぜその診療科の医師を採用するのか?
- 採用チャネルの整理、採用コストと定着率の確認
- 現在の選考プロセスは適切か?
2.「求める医師像」を徹底的に言語化する
採用の成功は、「誰を採用するか」が明確かどうかで決まります。
- 診療科別、ポジション別のJob Descriptionを定義
- 「良い医師」とは自院にとって具体的にどのような経営貢献をもたらす医師なのか
- その医師の立場になった時、次に転職を考える理由は何か
- その理由を自院ならどのように解決できるか
3.選考プロセスを見直す
面接は選考における最も重要な局面です。また、特定の人だけに面接を任せるのではなく、日頃から面接官を増やす努力をすることが大切です。
- 面接の目的を院内で共有(見抜く×口説く)
- 質問項目のテンプレート化(構造化面接)
- 適切な面接官の配置
まとめ
冒頭の6ヶ月で辞めた整形外科医。なぜ彼は辞めたのか?
それは、病院側が「採用は確率論」だと考え、正しい選考をしなかったからです。
- 人材紹介会社に丸投げし(依存)
- とにかく採用を急ぎ(確率論)
- 顔合わせ程度の面談で決定した(面談)
その結果、ミスマッチが入職後に判明したのです。
医師採用は、運や確率の問題ではありません。
正しい認識を持ち、戦略的に取り組めば、必ず成果は出ます。
依存から自立へ。
確率論から戦略へ。
面談から面接へ。
その第一歩が、みなさまの病院の未来を変えるのです。
この記事を書いた人

医師採用家® 紀平浩幸
株式会社ケイツーブレインズ 代表取締役
18年間の病院人事経験を持ち、延べ2,000人以上の医師・医学生と面談し約400人の常勤医師を自力採用。
全国45の医療機関で正しい医師の採用方法を教える、医師採用コンサルティングを展開中。