医師や看護師の紹介手数料が病院経営を圧迫している——。そんなニュースを目にする機会が、ここ数年で一気に増えました。
2025年からは人材紹介会社の手数料公表が義務化され、その高額ぶりが改めて注目を集めています。実際、常勤医師を採用する際に人材紹介会社を使う病院は78.4%にのぼり、いまや医師採用の主要な経路になっています。
私は18年間、病院の人事として医師採用の現場に立ち、これまで2,000名以上の医師と面接してきました。その立場から、今日は少し踏み込んだことを申し上げます。
本当の問題は、手数料が「高い」ことではありません。
紹介手数料は、たしかに高い
まず現状を整理します。
医師の紹介手数料は、理論年収の20〜30%が相場です。福祉医療機構(WAM)が2025年に全国の病院を対象に行った調査では、人材紹介会社を利用した病院が支払った紹介手数料は、1病院あたり平均1,469万円にのぼりました。厚生労働省の別の調査でも、医師1名あたりの手数料は平均276.6万円とされています。年収の高い常勤医を複数名採用すれば、年間の手数料が数千万円に達する病院も珍しくありません。
大学医局からの派遣が細るなかで、紹介会社への依存度は上がる一方です。手数料の公表義務化は実現しましたが、病院団体が求め続けている上限規制には至っていません。「相場が見えるようになっただけで、相場そのものは変わらない」というのが、多くの病院経営者の実感ではないでしょうか。
数字だけを見れば、「紹介手数料が病院経営を圧迫している」という報道は正しい。私もそれ自体を否定するつもりはありません。
それでも、本当の問題は「高さ」ではない
ここからが本題です。
想像してみてください。もし紹介会社から、貴院の理念に深く共感し、診療科の柱として長く活躍し、若手を育て、地域からの信頼を集める——そんな医師が紹介されてきたら。276万円の手数料を「高い」と感じるでしょうか。
感じないはずです。その医師が10年勤めてくれるなら、276万円は年間28万円の投資にすぎません。医師1名が生み出す医業収益を考えれば、破格の安さです。
つまり、手数料に見合う医師が来てくれるなら、手数料は問題にならないのです。
では、なぜ多くの病院経営者が紹介手数料に頭を悩ませているのか。答えはシンプルで、手数料に見合う医師にめぐりあえていないからです。
- 高額な手数料を払ったのに、期待していた働きぶりとは違った
- 入職して間もなく辞めてしまった
- 「この先生に来てほしかった」と心から思える採用が、何年もできていない
そして、この「報われなさ」は、私の実感だけの話ではありません。公的な調査が、はっきりと数字で裏づけています。
データが示す「払っても、満足できていない」現実
WAMの2025年度調査では、人材紹介会社を利用した病院に、そのサービスへの満足度を尋ねています。結果は、経営者の本音を映し出すものでした。
「やや不満」「とても不満」を合わせた不満の割合は、次のとおりです。
- 紹介手数料への不満:92.2%
- 紹介される人材の質への不満:62.1%
- 採用した職員の定着への不満:58.6%
手数料が高いことへの不満が9割を超えるのは、ある意味で当然かもしれません。しかし見過ごせないのは、「人材の質」と「定着」への不満が、いずれも6割前後にのぼるという事実です。高い手数料を払ってもなお、「質」にも「定着」にも満足できていない。これこそが、紹介手数料問題の本当の姿だと私は考えています。
数字が示す「紹介会社経由」の落とし穴
「定着への不満」は、離職率のデータにもはっきり表れています。
厚生労働省が全国の病院を対象に行った調査では、採用経路ごとの早期離職率が集計されています。紹介会社を経由して採用した場合の、6ヶ月以内の離職率は次のとおりです。
- 医師:19.0%
- 看護師・准看護師:23.1%
- 全職種合計:24.2%
一方、紹介会社を経由せずに採用した場合の6ヶ月以内離職率は、こうなります。
- 医師:3.6%
- 看護師・准看護師:12.0%
- 全職種合計:12.8%
医師で比べると、紹介会社経由は3.6%に対して19.0%。5倍以上の開きです。高額な手数料を払って採用したはずの医師が、6ヶ月以内に5人に1人近く辞めていく。しかも、手数料をかけない経路より、はるかに高い確率で。
さらにWAMの2025年調査では、病院の退職理由の最多は「他の医療機関への転職」で75.6%。せっかく採用した人材が、より良い条件を求めて次々と移っていく——その入口に、ミスマッチを含んだ紹介経由の採用があるのだとすれば、看過できない構造です。
なぜ紹介会社経由では「望む医師」に出会いにくいのか
誤解のないように申し上げると、私は紹介会社を悪者にしたいわけではありません。優れたエージェントも存在しますし、紹介会社経由で良い出会いが生まれることもあります。問題は、構造にあります。
転職市場に出てくる医師は、医師全体のごく一部
紹介会社が抱えているのは、「いま転職活動をしている医師」だけです。貴院が本当に来てほしい医師——今の職場で中核を担い、周囲から信頼されている医師——の多くは、転職市場に登録などしていません。つまり、紹介会社のデータベースをいくら探しても、「望む医師」はそもそもそこにいない可能性が高いのです。
紹介会社は「成約」で成り立つビジネスである
紹介会社の収益は、成約時の手数料で成り立っています。これは、マッチングの「質」よりも「成立」にインセンティブが働きやすい構造だということです。担当者に悪意がなくても、ビジネスモデルそのものが「とにかく決める」方向に力を持つ。長期定着や文化的なフィットまで見極める動機は、構造上、強くありません。「人材の質」「定着」への不満が6割を超えるのは、この構造を反映した結果とも読めます。
病院側に「選ばれる理由」と「見抜く技術」がない
そして、これが最も重要な点ですが——紹介会社に依存してきた病院は、自院が医師から「選ばれる理由」を言語化できておらず、面接で候補者を「見抜く技術」も持っていないことがほとんどです。紹介された候補者を、履歴書と1〜2回の面談だけで判断し、エージェントの推薦文を頼りに採用を決める。これでは、ミスマッチが起きるのは当然です。
手数料を払っているのに報われないのは、紹介会社が悪いからではなく、出会いの入口も、見極めの技術も、すべてを外部に預けてしまっているからなのです。
すでに、多くの病院が動き始めている
希望のある話もあります。WAMの2025年調査の自由記述には、「紹介会社に頼らない採用」に舵を切った病院の声が、数多く寄せられています。
たとえば——「紹介会社依存率を下げるため、ホームページからの自主応募を強化すべく採用ページを一新した」「動画や先輩職員の声でホームページを充実させ、働く環境がイメージできるようにした」「職員紹介制度(友呼び制度)を充実させ、一定の成果を上げている」「中途採用者には必ず見学を勧め、採用後のミスマッチを防いでいる」。
こうした工夫に共通するのは、病院が自らの言葉で魅力を発信し、自らの目で候補者を見極めようとしているという点です。方向性は、間違っていません。あとは、それを場当たり的な工夫で終わらせず、再現性のある「仕組み」に育てられるかどうかです。
「良い医師なら手数料は惜しくない」——その通りです。だからこそ
「良い医師が来てくれるなら、手数料は惜しくない」
これは多くの病院経営者の本音であり、まったく正しい感覚だと思います。だからこそ、経営者が取り組むべきは、紹介会社への値下げ交渉ではありません。病院が自らの力で、望む医師と出会い、見抜ける状態をつくることです。
私が18年の現場で体系化してきた方法は、突き詰めれば3つです。
- 選ばれる理由を言語化する —— 自院の強みと課題を整理し、「どんな医師に、なぜ来てほしいのか」を経営戦略として言葉にする
- 出会いの仕掛けをつくる —— 転職市場の外にいる医師に、自院から直接届く経路(採用ページ、手紙、紹介の連鎖)を設計する
- 見抜く技術を持つ —— 構造化された面接で、経歴では分からない人柄・価値観・定着可能性を見極める
この3つが揃ったとき、病院は紹介会社に「依存」するのではなく、対等に「活用」できるようになります。実際、私が在籍した一宮西病院では常勤医師が20名から80名へ、川崎幸病院では68名から134名へと増えました。特別な高待遇を用意したわけではありません。出会い方と見極め方を変えただけです。
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貴院の医師採用が、「支払うだけの採用」から「出会える採用」へ変わるきっかけになれば、著者としてこれほど嬉しいことはありません。
本記事のデータは、厚生労働省「医療・介護分野における職業紹介事業に関するアンケート調査 集計結果(概要)」(令和元年12月)、および独立行政法人福祉医療機構(WAM)「2025年度 病院の人材確保に関する調査結果」(2025年10月)に基づいています。