第67回全日本病院学会in埼玉 ランチョンセミナー 演者インタビュー
本記事は、2026年9月13日(日)開催の共催ランチョンセミナー「『医師が自ら集まる病院』を作るには」に登壇される、社会医療法人杏嶺会 一宮西病院 事務長・前田昌亮氏との対談です。セミナーに先立ち、その実践の一端をお届けします。
愛知県一宮市の一宮西病院の人事部に、医療業界の出身者は一人もいません。損害保険、キーエンス、人材紹介など──全員が、医療の外から来た人間です。
これは偶然ではありません。2005年から、20年以上続いている方針です。私、紀平もその一人でした。
2005年に常勤医23名・130床だった病院は、いま常勤医233名・801床になりました。医師採用の世界では、よく知られた存在です。私はこの病院の医師採用チームに、2005年から2013年まで在籍していました。
そして2013年、私が抜けたあとに入られたのが、今回お話を伺う前田昌亮さん──現在の事務長です。私たちは一緒に働いたことも、引き継ぎをしたこともありません。それなのに、あとで資料を読み比べると、二人が驚くほど同じ言葉を使っているのです。それも、一つや二つではなく。
私が知らない13年を、前田さんご自身に伺いました。9月13日の全日本病院学会でご一緒するのを前に、その話をさせてください。
1. 入れ替わり
前田さんが一宮西病院に入られたのは、2013年の7月です。私が退職したのは、その年の2月末でした。
そうなんです。募集されていたのは、おそらく私が抜けた枠です。そして、前田さんは、私の抜けた後のチームに入られた。
伺いたいのは、ここなんです。キーエンスで顕微鏡や測定機器の新規開拓営業。パーソルキャリアで転職希望者のカウンセリングを2,000人以上。レイスでヘッドハンティング。──なぜ、そこから病院の人事だったんですか。
転職そのものは、4社目でした。人材の仕事を長くしていると、キャリアは足し算ではなく掛け算だと分かってきます。営業と、人材と、その次に何を掛けるか。医療は、まだ誰も掛けていない領域に見えました。……というのが、表向きの理由です。
当時の私は、労働集約型である人材業界の長時間就業に心身ともに疲弊していました。今までの知見を活かしながら、労働環境を変えたくて、病院であれば大丈夫ではないかというのが本音です。
営業と人材のプロ。一般的な病院人事の経歴では、ないですよね。
今振り返ってみると、偶然にキャリアが掛け算されたと思います。
この転身の話は、前田さんご自身が一冊の本にされています。詳しくは、記事の最後でご紹介します。
2. 理事長の、ひとつの信念
逆に伺いたいのですが、紀平さんが入られた2005年は、どんな病院だったんですか。
常勤医は23名。精神科病院に隣接する形で作った130床の病院で、街中の入り込んだ場所にあったので、地元でもあまり知られていない病院でした。
ええ。「攻めの事務部門」や「数字で評価する仕組み」は、正直に言うと、当時はまだ何もありませんでした。ごく普通の、片田舎の病院でしたね。
意外に思われるかもしれませんが、私も、そう聞いています。私が入った2013年には「営業出身者を採る」のが当たり前になっていましたが、その始まりが何だったのかまでは、当時は知りませんでした。
ただ、ひとつだけあったのが、上林理事長の信念でした。病院を変えるのは、一般企業や、銀行や損保、証券会社の営業マンだ──という。
そうです。その最初の一手が2005年でした。営業出身者を、課長と主任として二人。損害保険から来た課長と、同じく損害保険から来た主任。その主任が、私でした。
上林理事長は信念をずっと語られる方であり、病院を営業出身者で変えることを強く願っていらっしゃいました。私が入職したころ人事部に営業出身者はいましたが、更なる拡充を求められていました。
私が在籍していた8年間は、とにかく、ありとあらゆる手段を使って医師を連れてくる、医師採用という名の営業活動をしていました。これができるのは、営業出身者しかいないと思います。その営業出身者を束ね、組織を大きくしていかれた前田さんの功績は、本当に大きなものだと思っています。
3. 「忖度」──一つ目の一致
ここからが本題です。前田さんが2025年3月の講演で使われた資料を、拝見する機会がありました。「病院人事部の組織化とリクルート活動の実際」という章に、このスライドがあります。
■適任者は営業経験者
プロセスや最終ゴールの数字目標を追いかけるのは、営業職が適任。
営業マンは交渉力に長け、ストレス耐性が高い。医師と話すことに忖度がない。
※医療系営業職 MR等々はできない
前田昌亮様 ご講演資料(2025年3月8日)より
この「忖度がない」というところ。それから、わざわざ注記された「MR等々はできない」。──これは、どういう意味で書かれたんですか。
言葉のとおりです。ひと口に営業と言っても、医療系の営業は違うんです。MRさんも、機器メーカーさんも、医師がお客様ですから。「先生、お願いします」という関係が、体に染みついている。
採用の交渉は、対等でないと成立しません。条件を詰める場面で、こちらが下から入ってしまうと、話が動かないんです。
……いや、これには驚きました。私が普段、全国の病院で話していることと、ほとんど同じなんです。医師採用の担当に、MR出身の方は向かない。医師に忖度してしまうから、と。
ええ、前田さんが一宮西病院に来られるもっと前からですよ。理屈ではなくて、実際に見てきました。私が在籍していた頃の一宮西病院のチームにも、MRや医療機器メーカー出身の担当者がいたんです。最初はいいのですが、みなさん、どこかで躓いて、チームを去っていきました。
能力の問題ではないと思っています。ただ、あの構造からは、抜け出せない。
この一致は驚きました。紀平さんの仰るように構造の枠組みを打開できないです。ただ営業出身者であればいいという訳ではなく、私も部下に医療系人材を採用してみて、その点に気づくことができました。
同じ「忖度」という一語なんですよね。一緒に働いたことのない二人が、10年以上の空白を挟んで。
偶然かもしれません。ただ、同じだったのは、この一語だけではありませんでした。
4. 二つ目、三つ目の一致
その前に、ひとつだけ、私の口から言っておきたいことがあります。いまの一宮西病院の事務部門は、「評価されるのは調整力ではなく数字。医師数、紹介件数、手術件数」と紹介されますよね。
あの物差しは、私の時代にはありませんでした。前田さんが打ち出したものです。私たちが残したのは、属人的な実績だけでした。それを「数字で評価される組織」に変えたのが、前田さんの13年なんです。
営業出身者は目標を設計し、そのためにプロセスマネジメントを行うことに慣れていると思います。営業出身者は公正な評価を求めることが標準的であり、この達成志向の強い個を多様な部門のプロジェクトに参画させようと考えました。
病院運営は多職種連携で行うことがほとんどでありますが、責任所在はファジーであり、明確な目標も策定されていないことが多いです。病院の経営指標にインパクトがある部門に営業出身者を責任者として立たせ、経営指標にドライブをかけようと思いました。
救急や外来部門、手術室に人事部の部下であった営業出身者を送り込みました。
──人事部で採った営業出身者を、人事部に留めなかった。そこまでやられていたんですね。これだけ短期間で大きな組織になるわけです。
■専任部門の設置根拠 ヘッドハンティングはチーム制
・ペルソナ設計 ・採用ターゲットの策定 ・マーケットのリサーチ ・スカウトアプローチの実施 ・スカウト交渉
業務の特徴として、ボリュームが多く、且つ細やかです。専門的であり、経験則的な面もあり、一人ではなかなか完結できません。
同上
一人ではできません。これは実感です。ペルソナを設計する人、市場を調べる人、実際に会いに行く人。全部を一人でやると、必ずどこかが薄くなります。そして採用は、薄くなったところから落ちるんです。
その隣に、「採用を科学できる担当者にする」と書いておられますよね。これは、どういうことですか。
採用に至るまでのプロセスを明確にして、そこに目標値を設計して、達成を管理する。それだけです。逆に言うと、そこを決めないと、担当者は「頑張ります」としか言えなくなります。
ここも同じなんです。私もいま、全国の病院で「採用を科学しましょう」と言い続けています。そして、もう一つ、唸ったのがこの問いのリストです。
・どのような医療、サービス、価値を提供したいですか?
・今の人員体制では本当に無理ですか?
・誰が採用したいと言い出しましたか? ・誰が採用することを決定しますか?
・人件費をペイするためには、どれくらいの売上、利益が必要ですか?
同上「採用しなければいけない根拠」
採用のご相談を受けたときに、まずこれを確認されるんですか。
聞きます。「医師が足りない」から始まる相談は、だいたい途中で止まりますから。誰が決めるのかが、決まっていない。人件費をペイする絵が、ない。──そうすると、いざ良い先生が見つかったときに、決められないんです。
この並び、私が初回のヒアリングで病院に必ず伺う問いと、ほとんど同じなんです。
これで、三つ、重なりました。偶然ではないと思います。──医師を集められる人の思想は、行き着く先が同じなのです。
二人の言葉が重なったところ
① 忖度 ── 担い手は、医師に忖度しない人間(MRは不向き)
② 採用を科学する ── プロセスを明確にし、目標値を設計し、達成を管理する
③ 採用の根拠 ── 「医師が足りない」ではなく、経営から始める
打ち合わせ、なし。引き継ぎ、なし。
源流をたどれば、上林理事長の「営業マンを入れる」という一手だと思います。ただ──ひとつ伺いたいのですが、いま話していただいた三つ、誰かに教わったものですか。
いえ。誰にも教わっていません。やっているうちに、そうなりました。
そこなんです。「MRは向かない」も「採用を科学する」も、誰も教えていない。教えたのは、現場です。医師採用という仕事を真剣にやると、やった人間が、同じ結論に運ばれていく。
だから私が辞めたあとも続いた。一緒に働いたことのない前田さんも、同じ場所に辿り着いた。そしてだからこそ、この思想に辿り着ける人さえいれば、他の病院でも再現できるはずなんです。
5. しんどかったことと、これから
ひとつ、逆に伺ってもいいですか。紀平さんは、なぜ8年で辞められたんですか。
東京が地元だったこともあり、神奈川の大きな医療法人からお声掛けをいただいたご縁です。いわゆるキャリアアップですね。ただ、全国を飛び回って医師と会ってきた苦労が、こんな形でポータブルスキルになるとは、当時は思ってもいませんでした。
では、私からも伺わせてください。この13年で、いちばん苦しかったのは、何ですか。
……一言では、難しいですね。ただ、成果が出ない時期というのは、必ずあります。そのときに、全部を自分のせいだと思ってしまうと、続かないんです。
その「自分のせいだと思わない」という話は、前田さんが一冊の本にまとめておられますね。
はい。『弱さを装備する──折れずに働くためのキャリア再設計』(マイナビ出版)という本です。帯に「成果が出ないのは、あなただけのせいではない。」と入れました。私自身、二度のうつを経験して、まったくの異業種から医療に来た人間なので。
強い人だけが残る組織には、したくないと思っています。
強さの本を書く人は、たくさんいます。でも前田さんは、数字で評価される組織を作った当人でありながら、弱さの本を書いた。一宮西病院の強さの正体は、案外ここにあるのではないかと、私は思っています。
最後に、これからの話をさせてください。前田さんはこの先、何をしていきたいですか。
医療業界は変革の余地がまだまだあると思いますが、異業界の人ほどその余地に気づけると思います。
すなわちそれだけのチャンスがありますから、世の中にその魅力を伝え、医療業界に転身することでキャリアの可能性を見出してほしいと思います。
紹介会社に頼らなくても医師を採れる病院を、一つでも増やしたいと思っています。8月に出す本も、9月13日のセミナーも、そのためのものです。
6. 明日から、何を
9月13日のランチョンセミナーでは、「自院で明日から何を始めるか」をクロストークのテーマにしています。ここで先に、ひとつだけ言っておきます。「一宮西病院の真似をしてください」とは、言いません。
無理です。あの組織は、あの場所で、あの時間をかけて出来上がったものですから。ただ、ひとつだけ、どの病院でも再現できることがあります。
それは、外から、異質な人を入れることです。2005年に上林理事長がなさったのが、まさにそれでした。組織を変えるのは、数字を作り、その数字に責任を取ることができる、泥臭く動ける営業マンです。運良く、私はその最初の立ち上げを経験することができました。
そして前田さんご自身が、その二世代目でした。キーエンスから、病院へ。──一宮西病院は、医師を採る前に、「医師を採れる人」を採っていたことになります。
面白い見立てだと思います。ただ、採ってもらった側から言うと、異質な人は、入れただけでは機能しません。私も最初の数年は、浮いていましたから。
異質なままで結果を出せる場所を、上が用意していたかどうか。そこだと思います。
……それは、私には言えなかったことです。入れるだけでは足りない、と。では、みなさまが明日からできることをひとつだけ挙げるとしたら何か? ぜひ、9月13日に答え合わせをさせてください。
BOOK | 前田さんのご著書
弱さを装備する
── 折れずに働くためのキャリア再設計
前田 昌亮 著/マイナビ出版/2026年3月17日発売
A5判・176ページ/1,980円(税込)
2度のうつと、3度の転職。本記事で前田さんが語られた「環境の不一致である可能性もあります」という一言の背景が、一冊を通して書かれています。数字で評価される組織を作った人が、なぜ「弱さ」について書いたのか。その答えが、ここにあります。
2026年9月13日(日)|第67回全日本病院学会 in 埼玉 ランチョンセミナー
前田さんには、9月13日(日)のランチョンセミナーにご登壇いただきます。本記事で触れられなかった見学ツアーの設計、医師をビジネスパートナーとして迎える方法など、一宮西病院の実際を、前田さんご自身の言葉でお話しいただきます。
松田病院(宮城県仙台市)の佐竹直也さん、利根中央病院(群馬県沼田市)の丸山和希さんにもご登壇いただきます。申込締切は7月28日(火)、220席・参加無料です。
9月13日の壇上には、『弱さを装備する』の著者と、『医師が集まる病院の作り方』の著者が、並びます。